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ミラクルニキ☆攻略ブログ

イベントクエストおすすめコーデを攻略☆ミ

「やりたいこと」はあった。しかし…

本当にろくでもない

好きじゃないことばかりを詰め込みすぎて、何が好きか分からない。
その状態に陥って、はや数十年。
もう好きなこと探しに疲れ果てて、あきらめたいけどあきらめられない。

ふと「もっと抽象的に考えてみよう」と思った。
そうしたら、あることに気づいた。

私はずっと、数年いっしょに演劇をやっていた人のことを気にしている。
彼の作品はとても暗くて一般ウケするものではないけど、私はたぶん好きだった。
しかし売れない演劇人、食えないアーティストの苦悩はさんざん目の当たりにしてきた。
それは不幸なことに見えた。
だから私は「舞台の上に棲む魔物」に囚われないよう、常に一歩引いていた。

思えばいろいろサインは出ていた。
無難でかわいい服、
いかにも素敵なお食事会、
判で押したような海外旅行、
有名人が書いたというだけの、既存の言説のベストセラー…
そのすべてに小さいストレスを感じていた。
世の中的には「素敵」とされているものが、まったく肌に合わない自分自身に落胆した。

楽しくやっている人たちが悪いわけではない。
自分だけが真理に目覚めているという、厨二病的な感覚ともおさらばした。
ただ純粋に、そう「水が合わない」。

あと一歩のところで死んでいく人、
酒や何かに逃げてばかりだった人生、
過去に囚われたままの大人、
私の心には、そういうものが響く。

それもまた人生の側面。
都合のいいものばかりに目を向けて蓋をするには、あまりにも大きい人間の半分。

人生の暗い側面にばかり目を向けるのも確かに不毛だろうけど。
しかしこれらに目をつぶっている人に対しては、どうにも冷や水をぶっかけてやりたくなる。

かれら一人一人が嫌いなわけではない。
面と向かって冷や水をぶっかけるのは、ただの嫌がらせだろう。
けれどその気持ちを「作品」として昇華するなら、あまり迷惑にはならないかもしれない。
少なくとも、迷惑をかけることが目的ではない。

月よりも遠い場所

過去にあった自分の辛いことと絡めて、悲劇に耽溺しているだけかもしれない。
そう思ったとき、手元にある暗い作品は処分した。
なるべく「フツー」にしていた。

本当に自分が悲劇的なものが好きなのかどうか、まだ分からない。
実際、ただ自分と重ねて酔っているだけかもしれない。

だから一度、作品として表に出してみることにする。
誰かに見せるためではなく、ただ自分を掘るだけの作業。
出来上がったものは即捨てる、それもロックだなと思う。
(捨てないけど)

月よりも遠い場所ーーーそれは劇場!
これは寺山修司の「青ひげ公の城」のラスト、10分にも及ぶ長台詞をしめくくる一言だ。

なにも演劇ばかりではない。
虚構、創作。
これらはこの地上に遊園地を見つけられなかった私たちが、月よりも遠い場所に思いを馳せるための手段だ。

幸い、先人はたくさんいる。
創作という舞台の上では、ごく一般的なことなのだ。

告白 (中公文庫)

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